商品コード:B265
発行所:聖母の騎士社
ページ等:P383 C0195
著者等:水浦征男
発行日:2012-06-25
医師シスター亀崎善江さん。
戦争中、帝国女子医専を卒業して、
鎌倉の聖テレジア病院、新田原聖母病院、草津病院など、
40数年間医療活動に携わってきた。
1984年から86年にかけては
東京・山谷のドヤ街で医療奉仕した経験を持つ。
シスターにとって東ティモールの医療奉仕は、
医師として修道者としての、いわば集大成なのかもしれない。
「東ティモールに行くと、不思議に元気になって帰ってくるんですよ」。
元気いっぱいのシスターに脱帽である。
(月刊聖母の騎士1993年12月号「この人」より)
商品コード:B266
発行所:聖母の騎士社
ページ等:P478 C0116
著者等:木村晟
発行日:2012-07-25
ヴォーリズと満喜子の信仰と自由
古来多くの信仰と勇者と称えられる勇敢なキリスト者たちは、
みなそれぞれの立場で、それ相応の在り方で
「真理」を実践して真の「自由」を手にしているのである。
近江兄弟社学園の創設者W・メレル・ヴォーリズと
その妻一柳満喜子もやはり、
平和を愛する信仰の勇者なのであった。 (「プロローグ」より)
商品コード:B267
発行所:聖母の騎士社
ページ等:P387 C0195
著者等:森本繁
発行日:2012-08-25
備前のキリシタン武将ジョアン明石掃部守重の末娘として岡山城下で生まれ、
江戸初期の切支丹弾圧時代にポルトガル人宣教師が伝えた南蛮医学に情熱を燃やし、
漢方の医師たちが見放した患者の外科治療に献身した女性がいたことは
あまり知られていない。
実証歴史作家が描くレジーナ明石亜矢の物語。
商品コード:B268
発行所:聖母の騎士社
ページ等:P281 C0195
著者等:伊従信子 編・著
発行日:2012-09-08
師は、神と親しく生きるように神が多くの人々を呼んでおられること、
そして、その人々を神との一致にまで導くように、神が自分を召されたことを自覚していました。
ですから、師はその生涯の終わりまで、社会で日々の生活を営むすべてのキリスト信者が
聖性に召されていることを強調し、
聖性への道を提供する務めを使徒職とする人々の養成を熱く望んでいました。
(「はじめに」より)
商品コード:B269
発行所:聖母の騎士社
ページ等:P205 C0116
著者等:高橋テレサ=編・著/鈴木宣明=監修
発行日:2012-09-08
東日本大震災後、日本ではさかんにこの絆という言葉が強調されるようになった。
人びとは絆を求めて、また絆をよりどころに生きようと歩み始めている。
「離れがたい結びつき」は夫婦・血縁に限ったことではない。
縁あって交わることのできたひとりひとりとの絆がたいせつなのである。
それを私は家族と呼びたい。
(「出版に寄せて」より)
商品コード:B270
発行所:聖母の騎士社
ページ等:P335 C0116
著者等:レジーヌ・ペルヌー=著/門脇輝夫=訳
発行日:2012-10-25
本書の目的は、ヒルデガルトの伝記ではなく、
ただ思想と活動の両端に光を当てることにある。
その手紙の研究を通して、特にトリーア、ケルン、バンベルク、マインツなど、
幾つかの重要な司教座聖堂で行った説教に注目する。(中略)
その著作と人格の若干の本質的な特徴を想起し、
読者が著者と同じくヒルデガルトに惹かれて、
当人にいっそうの親しみを持つことのできるような研究に取り組むものである。
(『はしがき』より)
商品コード:B271
発行所:聖母の騎士社
ページ等:P255 C0195
著者等:﨑濵宏美
発行日:2012-11-1
陽ざしをさえぎる木立の下でも、岩だらけのやせた土にも、
石蕗は、しっかりと根付き、じっと耐えて生きている。
まるで、五島のキリシタンたちが長く辿ってきた殉難の姿を、
そこに映し出しているように。
何の変哲もないただの草であるが、私は石蕗に心ひかれる。
商品コード:B273
発行所:聖母の騎士社
ページ等:P205 C0116
著者等:ボグスワフ・ノヴァク Boguslaw Nowak
発行日:2013-5-25
人間の癒しの源であるキリストの受難と復活
イエスは真の愛に生きただけでなく、この愛への道を示したうえに、
この愛に生きるために必要な力を与えることのできる方なのです。
この愛の道を知るために、また、このイエスが与えてくださる力を受け入れるために必要なのは、
正に十字架に付けられているキリストを見つめることなのです。(「導入」より)
商品コード:B274
発行所:聖母の騎士社
ページ等:P275 C0195
著者等:水浦久之
発行日:2013-6-25
わたしたちが悲哀と絶望の世界ではなく、
恩寵と希望の微光のなかに生きていることを、彼は伝えようとしているのではないか。
永井隆の言葉を借りれば、「わたしはなすべきことをなしたまで」ということだろうが、
それは、はからずも五島キリシタン水浦久之が恩寵のうちに祈る姿にほかならない。
商品コード:B275
発行所:聖母の騎士社
ページ等:P209 C0195
著者等:水浦征男
発行日:2013-7-25
教皇ヨハネ・パウロ一世は、あっという間に姿を消されたため、
その印象は一般にあまり残っていない。
わずかな思い出を、本書の記事で辿っていただければ幸いである。
教皇ヨハネ・パウロ二世については、あまりにも多くの情報があり、
ここに紹介した記事では物足りないだろう。
教皇のアメリカ訪問から、人気ぶりを少しでも汲み取ってほしい。
(「あとがき」より)